トップ >  Ken's Clinic >  守崎幸夫さん

守崎幸夫さん あくまで音楽愛好家

今回は富樫雅彦、綾戸智恵、菊地成孔などを筆頭に、常に斬新な企画と高音質なソフト創りで定評のある日本ジャズ界屈指のインディペンデント・レーベル、㈱イーストワークス・エンタテインメントの代表取締役守崎幸夫氏宅にお邪魔しました。

あの4人のモノクロ写真のジャケットは生涯忘れません。
父親が田舎の機械好きのモダンボーイで、仕事とは関係なくカメラ、電蓄から始まってオーディオ全般、車、この三つが好きだったんです。ですから物心付いた時には我が家の電蓄でSPを聴き始めていました。
小学校一、二年生の頃に聴いていたのは「チゴイネルワイゼン」などのポピュラーなクラシックや父親が買ってくれた童謡でした。 ところが、小学校五年の時の伊勢湾台風で我が家も酷い打撃を受けて、二棟の内一棟が流されてしまい、古い電蓄やSPも全部無くなりました。

その後、中学に入る頃、ちょうどLP時代の始まりだったので33回転もかかるサファイア針付きの電蓄で音楽が聴けるようになったんです。もちろんモノラルです。
父親が買ってくれたミッチ・ミラーのマーチ集とか、ワルターの「英雄」、「運命」、カレル・アンチェル指揮チェコ・フィルの「新世界」なんかを繰り返し聴いていました。
当時、我が家には洋楽のポップスは一切なかったので、学校帰りに、洋楽のシングル盤を集めている同級生の家に寄って、ポータブル電蓄で「悲しき街角」「峠の我が家」「谷間に三つの鐘がなる」「ラブミー・テンダー」などのヒット曲を色々と聞かせてもらいました。NHKや民放ラジオ局の数少ない洋楽のヒットパレード番組を聴き始めて、お小遣いが入ると自分でも洋楽ポップスのシングル盤を買い始めたのもその頃からです。

中学三年の時に高校進学祝いということで父親がコロンビアのコンポーネントのステレオを買ってくれました。その時にビートルズの日本でのデビュー・シングル「抱きしめたい」を買ったのが自分で買った初めてのレコード、昭和63年か64年頃です。

ビートルズに衝撃を受け、シングル盤では物足りなくなってビートルズの一枚目と二枚目のアルバを日本で編集した「ミート・ザ・ビートルズ」を買って擦り切れるほど聴きました。あのマッシュルームカットの4人のモノクロ写真のジャケットは生涯忘れません。

その頃はエレキ・ブームだったので、お金が入るとベンチャーズとかシャドウズとか北欧のスプ-トニクスとかザ・サウンズを聴いてました。

小学校では、行進の時にブラスバンドでアコーディオンをやらされて弾いていましたが、エレキ・ブームの時に楽器は弾きませんでした。

高校に入ってからは、知り合った仲間三人とつるんでよく音楽の話をしていました。ぼくは全然音楽の知識が無かったので、彼等からジャズの話を聞かされ、レコードも聞かせてもらいました。

スコット・ラファロのベースに衝撃を受けたのがジャズとの出会い

初めて買ったジャズのレコードはMJQの『ポギーとベス』と、同じ時期に出たオスカー・ピータースンの『ナイト・トレイン』。次に買ったビル・エバンスの『エクスプロレーションズ』と『ポートレイト・イン・ジャズ』の二枚がセットになったアルバムを聴いてひっくりかえっちゃったんです。それで、すぐにエバンスの『ワルツ・フォー・デビー』と『サンディ・アット・ヴィレッジ・ヴァンガード』を買って、スコット・ラ・ファロの今まで聴いたことのないベースに、何だこのベースは!とショックを受けたんですよ。それがジャズとの出会いですね、その後マイルスの『マイルストーン』と『カインド・オブ・ブルー』をセットにした『モードの探求』も聴いてました。

でも、まだビートルズの衝撃も残っていたし、仲間三人の影響もあって、一気にジャズにのめり込むことは無くて、クラシックからヴォーカルものや当時流行っていたボサノバまで幅広く聴いていました。

『モードの探求』を何度も聴いているうちにコルトレーンも凄いなということで、彼のリーダー・アルバムを聴いてみようと思い、当時発売されたばかりの『アセンション』を買った時には全くワケが分からず、何だこれは?これは失敗したな~と思いました。

「ジャズフラッシュ」を聴きながら、曲名と演奏者名、アルバム・タイトル、そして自分の評価も加えてメモして、どの順番でレコードを買うかを眺めている時が一番楽しい時間でしたね。 大学に入って最初に始めたオーディオは、コンポーネントの中にあったスピーカーを外に出して、平面バッフルがいいという話を人から聞いたので、ベニヤに穴をあけて取り付け、それでは飽きたらなくなって、スピーカー・ユニットを新たに買い替えました。

リアルタイムに聴いたマイルスのクインテットには奥深いものを感じて何度も聴きました。『ネフェルティティ』なんかは最初に聴いた時は全然アドリブがないので、何これは?と思いましたが、まるで麻薬みたいなもので何度も何度も聴きたくなるんです。

名古屋のジャズ喫茶“グッドマン”でフリー・ジャズの洗礼を受けました。
アメリカのフリーは人種問題も含めて政治色が強くて情念的でしたけれど、ヨーロッパのフリージャズはクールというかドライなので好きでした。ICPレコードなんかも不思議な魅力があるんです。
『アセンション』には入り込めませんでしたが、コルトレーンは気になっていたので、その後仲間から推薦してもらった『マイ・フェバリット・シングス』や『ジャイアント・ステップス』をよく聴きました。大学時代にはエルビン、マッコイ、ギャリスンとのコルトレーン・カルテットの『クレッセント』『コルトレーン』『バラッド』などコルトレーン一色に染まり、このような経緯で『アセンション』に辿り着いたのかと納得が出来ました。

結局、ビートルズの生んだ国のスピーカーにたどり着いた

ジャズ喫茶に通っていると中音のゴツイ音を自宅でも聴きたくなり、最初に買ったスピーカーはパイオニアのフロアタイプ、アンプは山水の777を長い間使っていました。その後スピーカーはJBLのLE8Tに変わりました。

就職して東京に出てくる時にはLE8Tを持って来ました。

その後、スコット・ラファロのベースらしい太いサウンドが欲しくて、一時期LUXのアンプに変えました。社会人になるまではそれ程オーディオファンというわけではなかったので、聴いた音楽のことは覚えているけれど、機材のことはハッキリ覚えてないんです。

社会人になってから元・鯉沼ミュージックの鯉沼さん宅のアルテックのスピーカーとマッキントッシュの組み合わせで聴いた時に、こんなに豊かで凄い音があるのかと感心しました。

鯉沼さんが自分のシステムを売りたいというので、アルテックのマグニフィセント、マッキントッシュのトランジスターの1号機のプリとメイン、テクニクスのSP10を特注の箱に入れてアームが3本付いているのを父親に買わせて、盆暮れに実家に戻った時にずっと聴いていました。

社会人になって数年して少し金銭的な余裕が出来た時にJBLの38cmウーファーに175DLHを付けた2WAYにして、箱は当時のハークネスよりもコンパクトなレプリカに入れてましたが、その後ハークネスの箱に入れ、父親が倒れた時に田舎からマッキントッシュだけ東京に持って来ました。プレイヤーは多分DENONのDP3000だったかな。1980年前後にリンのLP12にSMEの3009を付けてアナログを辞めるまで使っていました。カートリッジは当たり前のようにシュアーのV15 TypeIII、どちらかと言うとオーディオを細かくいじることはしませんでした。

大学時代に聴いていたのはジャズが90%でしたけれど、大学4年生の時に映画「ウッドストック」を観に行ったんです。名古屋の田舎だし昼間だから観客は10人もいませんでしたが、カルチャーショックを受けて興奮し、帰りがけにサントラを探しにレコード店にすっ飛んで行きました。

「ウッドストック」で心が開かれて、1971年に社会人になってからはリアル・タイムのロック、ポップス、ジャンル関係なくあらゆるものを聴きました。

ヨーロッパのオーディオに興味を持ったのは1980年代に入ってからです。

日本フォノグラムのクラシック担当でオーディオに造詣の深い新(あたらし)さんという方がいらっしゃって、新しいスピーカーを聞きに来ないかと誘われてロジャースの510を聴きました。その時、今までとは違うやわらかくて暖かい音がいいな~と思い、それ以降アメリカのスピーカーに戻ってないです。

ジャズだけではなくストリングの入った洗練されたポップスなんかも聴いていたので中音重視ではなくて低音がブースト気味くらいな豊かな音が出るイギリスのスピーカーが良かったんです。

ビートルズを生んだ国のスピーカーだけあって安心して聴けるビートルズというか、自分が感じるビートルズそのものが鳴るので、これを基準にシステムを創ろうと思ったんです。

今回は、三次元的に音が鳴るようになったことにビックリ!

初めて使ったオーディオ・アクセサリーはLPクリーナーで、次にインシュレーター。

人に勧められてケーブルをベルデンに変えた時にはあれっと思いましたが、ケーブルを本当に意識し始めてコストも使い始めたのはほんの10年くらい前から。女房が亡くなって、自分が本当にのめり込めるのはオーディオだということを再認識して、もっとオーディオを充実させようと思い、今のシステムにたどり着きました。
一つ気に入るとそれをずっと使い続けることが多いので、細かくヴァージョンアップするようなことはありません。

どうしても仕事が絡んでくるので、今の音が個人的にベストな音ではないです。仕事を離れれば、本当はもう少し甘い音が好きなんです。

今までシステム全体をクリニックして頂く機会が無かったのですが、今回は目からウロコということもありました。

例えば、ケーブルで音が変わることは分かっていたけれど、PCオーディオのUSBケーブルを変えただけで、一気にプレゼンスとパースペクティブが明解になり、録音している時のスペースが見えるんですよ。三次元的に音が鳴るのには驚きました。

制振チップやケーブルインシュレーターなどは知らない間にじんわりと効いてくるような気がしますが、即座にはっきりとした違いが判るような効果はぼくの耳では分かりませんでした。

10年ほど前にブレイカーからオーディオ専用の電源を引いたんですが、ACOUSTIC REVIVEの電源BOXと電源ケーブルに変えたら音が安定しました。

電源ケーブルの交換は効果が大きかったですね。

アナログ系統ではLP12の電源ケーブルを変えたら、パッとプレゼンスが開きました。

昔からRR-7はお気に入りで使っていましたが、ヴァージョンアップされたRR-777は、より落ち着いて音が近寄ってくる感じがしますね。今更部屋を変えることは出来ないので、RR-777の効果は物凄く気に入っています。

ぼくはオーディオファンと言われると少し抵抗があります。

音楽愛好家という軸足が崩れない程度のオーディオファンです。